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January 26, 2008

January 26, 2008

「父・横溝正史を語る」

二松学舎大学に<横溝正史旧蔵資料収蔵記念講演会>横溝亮一氏「父・横溝正史を語る」に行く。
開演20分ぐらい前に着くと、入口で横溝の知り合いにばったり、会場内には見知った顔が5〜6人、皆さん熱心だわ。

亮一氏のプロフィール紹介の後、お話が始まる。
現在、二人のお嬢さんも嫁がれ、横溝の名前も亮一氏の代で終わってしまわれるとこのと。
横溝という名字は、正史が疎開をしていた岡山に多く、疎開先の周りは横溝だらけだそうだが、正史の名を継ぐ家が無くなってしまうのは残念だ。
成城の書斎を壊す際に裏にあった物置を一緒に壊そうとしたら、炭団や練炭の後ろから生原稿や古い洋書が出てきた、それが神田の古本屋さんの仲介により二松学舎大学に渡り、私たちも目にすることが出来たのは嬉しい限りだ。書斎も同じ古本屋さんの紹介で山梨に移築され、たくさんの訪問者があるとのこと、良い古本屋さんというのは、文化の担い手でもあるのだ。

父、正史の姿として思い出すのは、青白い顔をして蒲団に横たわり、母が食事を持って行くと、ひっくり返したり、二階の窓から捨てたりと、決して良い思い出ばかりではなかった。
どこの家庭でもあると思うが、父と息子の関係。気難しく「出ていけ」と言われ出ていったのもしばしば。理不尽に殴られたり、怒られたりしたこともあったそうだ。

作家としての、父を振り返ってみると、多作家であるということ。作品数は100を超え、角川文庫は5500万部を売り上げた。
貧乏でもあった、酒好きなのだが、呑んでいたのは一番安いサントリーホワイト。
乱歩に招かれ上京、博文館に入社し、森下雨村の元で編集者の仕事、執筆と多忙な日々を送っていた。
銀座の女給さんに人気で、モボ(モダンボーイ)ナンバーワンに選ばれたことをいつも自慢していた。
鎌倉在住の時、酔っぱらって電車を乗り越し横須賀の大黒屋に泊まっては、奥様に旅館代を届けさせていた、その頃横溝宅には電話は無く、隣の大佛次郎宅に掛けては連絡をとっていたとこのこと。
創作を練るために歩き回り、夜になっても帰宅しないので、家族が警察に捜索願を出したことも何度もあり、麦畑でぼ〜っとした姿で見つかった。
氏が眠っていると、ミシリミシリと音がする、以前泥棒が入ったこともあり、またか?と思っていると自分の考えた話しの怖さに恐ろしくて眠れない正史が歩き回っていた。
大の近鉄ファンで、近鉄が優勝した時に西本監督から「よくぞこの弱小球団を長年応援してくれた」とウィンドブレーカーとボールを贈られ死ぬまで大事にしていた。(このウィンドブレーカーは旧蔵資料展で展示されてました)
などなどのエピソードが語られた。
金田一耕助の人気は衰えず、パチンコにとのオファーもあるそうだ。
最後に御礼の賞状と記念品が学長より授与され、講演会が終わった。

二松学舎大学では4月以降にも、氏の講演会が行われるそうなので、今回参加されなかった方も是非どうぞ。

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